ちょっと憂鬱な午後。
電車に乗って窓の外を眺めていたら
若い男性に声をかけられた。
「すみません、ポートレートを撮らせて頂いて構わないですか?」
彼の手には今まで見たこともないような箱形の古いカメラ。
「フランクフルト大学で写真学を専攻しています。あなたの表情をカメラに収めたい」
眠かったのと、憂鬱だったのが重なって思わず「いいですよ」と言ってしまう。
「このままでよければ」と再び窓の外を眺める。
ギーギー、何度も何度もねじを巻く音。
「そのままで」、「そのままで」と彼。
二度シャッターを切る音がして、
「作品はあなたには見せられないけれど…ありがとう」とお礼を言われる。
それにしても「何でそんな古いカメラを使っているのか?」と聞いてみる。
「デジタルカメラでポートレートは撮れない」というのが彼の持論だそうだ。
アンリ・カルティエ=ブレッ ソンのポートレート写真をふと思い出して「なるほど」と思う。
大学の校舎のある次の駅で彼はバタバタと降りていった。
ここからが本番。
「君は有名になるよ!」と隣に座っていたおじいさんが私の肩をたたいてきた。
「モナリザみたいな名作になるかも」と言って笑い出す前の席のおばさん。
「ニューヨークに飾られようが、パリに飾られようが大事なのは君が有名になることだ」とこれまたうれしそうなおじいさん。
「そうなったら有名になるのは私ではなく、彼でしょ!」と思わずつっこんでしまった。
みなさん、どこかの美術館で憂鬱な顔をした私の写真が飾られていたらぜひご連絡ください!
憂鬱な午後が微笑ましい思い出に変わった。